最高裁判所第一小法廷 昭和43年(あ)1859号 決定 1971年12月02日
主文
本件各上告を棄却する。
理由
被告人柳原兼作、同河野通夫、同星野花吉の弁護人松家里明、同荻原静夫の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反の主張であり、被告人荒木由太郎の弁護人黒沢長登、同大塚喜一郎、同遠藤寛、同大西昭一郎の上告趣意第一点は、判例違反をいうが、引用の判例はいずれも事案を異にして本件に適切でなく、同第二点は、憲法三一条違反をいう点もあるが、実質はすべて単なる法令違反の主張であり、同第三点、第四点、第五点は、いずれも事実誤認の主張、同第六点は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、いずれも適法な上告理由にあたらない(地方公共団体の議会の議員がその職務に関する賄賂を収受する趣旨ならびに同議会議員の選挙に関し寄附を受ける趣旨で、公職選挙法一九九条三項に規定する会社から現金の供与を受けた場合には、刑法一九七条一項の罪および公職選挙法二〇〇条二項、二四九条の罪が成立し、両者は一所為数法の関係にあると解するのが相当である。)。
よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で主文のとおり決定する。(岸盛一 岩田誠 大隅健一郎 藤林益三 下田武三)
弁護人の上告趣意
第一点 原判決は、最高裁判所および大審院の判例と相反する判断をなした違法があるから、破棄を免れない。
一、原判決は、弁護人の引用にかかる恐喝に関する最高裁判所、大審院判例は、本件と事案を異にし、適切でないから採用しない旨判示して、被告人の「五百万円収賄と公職選挙法違反とは、一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから刑法第五四条第一項前段、第一〇条により一罪として重い収賄罪の刑で処断する」とした第一審判決を支持している。
しかしながら、仮りに、原判決認定の如き事実関係が認められるとすれば、本件金員授受の事実について、贈収賄と公職選挙法違反の成立を認めることは、最高裁判所、大審院の判例に違反するものというべきである。
二、この論点にかんする判例を検討すると、いずれも詐欺罪と恐喝罪に関するものであるが、
(1) 昭和五年七月一〇日大審院判例は、日刊新聞の記者である被告人が、女教員と情交関係にあるとの風評のある女学校校長Fに対し、これを奇貨として、「他の新聞記者らは、既にこの事実の掲載準備を完了したから、この際、新聞に該記事の掲載をされないようにするには何らかの方法を講ずる必要があるであろう」と虚偽の事実を告げ、「もし、これに応じないときは、Fの名誉に関する事実を新聞に掲載されるであろう」とほのめかして、暗に金員交付方を要求して同人を畏怖せしめて、金員の交付を受けた事案に対し、「いやしくも、害悪を告知して他人を畏怖せしめ、財物の交付を受けたる場合、右害悪の告知が、虚偽にして相手方はその虚偽の事実に欺かれ、畏怖の念を生じたりとするも、その財物を交付するに至りたる相手方の決意が、畏怖に基くに於ては恐喝罪をもつて論ずべく、詐欺罪をもつて論ずべきものにあらず」と判示している(刑集9・四九七)。
(2) 昭和九年六月二五日大審院判例も被告人が、電力会社の特別高圧線の下に、工場を建築するが如く装い、そのため、会社が、その電線路変更その他の危険防止設備に要する損害をおそれて、該建築工事の中止を懇請してきたのに乗じて、電力会社を恐喝して工事中止の損害賠償名下に金員の交付を受けた事案について「被告人は、実際上、工場建設の意思なきにもかかわらず、右工場を建設する如く装い、後日、これを竣成して電線路の変更その他危険防止設備を要求すべきことを暗示して、右会社を畏怖せしめ、金員を交付せしめたものなれば、その行為は、権利行使の範囲を逸脱して、権利の濫用に属し、恐喝罪を構成すべきものなりとす。而して、右恐喝の手段たる工場の建設が仮装なりとするも、右金員の交付にして、畏怖に基くものなる以上、詐欺罪の成立を認むべき余地なきものとす。」と判示して、恐喝罪一罪の成立を認めている(刑集一三・八八〇)。
(3) さらに、昭和二四年二月八日最高裁判所判例は、盗品を運搬中の者に対し、被告人が警察官であるように装つて、「警察の者だが、取調の必要があるから、差し出せ」等と虚偽の事実を申し向けて、その者から、該盗品を交付せしめた事案について、「被告人に恐喝の意思があつて、右の虚言も、相手方を畏怖させる一材料となり、その畏怖の結果として、相手方が右盗品を交付するに至つた場合には、詐欺罪でなく、恐喝罪が成立する」と判示している(刑集三・二・八三)。
三、右の判例は、いずれも、行為者の欺罔行為と恐喝行為の存在を認めながら、これらの行為について、観念的競合関係を認めず、恐喝罪一罪で処断している。すなわち、右事案において、被害者が畏怖した原因は、いずれも欺罔行為に基く錯誤であり、行為者においても、欺罔行為によつて、被害者を畏怖させようとする認識を有していたことが明らかである。したがつて、かかる行為は、詐欺罪と恐喝罪の二個の罪名に触れることとなるから、原判決の解釈を貫けば、観念的競合として刑法第五四条一項を適用すべき筋合である。
然るに、右判例は、観念的競合を認めず、恐喝一罪としているのであるが、その理論的根拠を考えると、
(1) 判例の事案は、いずれも、欺罔行為が、相手方を畏怖させる行為の内容をなしていること(第一理由)。
(2) 詐欺罪、恐喝罪は、法定刑が同一(一〇年以下)の懲役であるが、相手方を畏怖せしめる恐喝罪の方が、その情状において、詐欺罪より重いとされていること(第二理由)。
(3) いずれも、被害者から、金銭または財産上の利益を交付せしめるものであること(第三理由)。
の三点において、共通している。したがつて、原判決が判例違反であるかどうかを論ずに当つては、本件事案と右判例事案とを比較して、右の第一理由ないし第三理由の共通点があるかどうかを検討しなければならない。
四、そこで、右の検討の前提として本件事案についてみると、原判決の認めている事実は、後記の如く、誤認であるが、今暫らくこの点を論外とすれば、原判決によつて支持されている第一審判決は、次のとおり事実を認定している。
すなわち、被告人が競馬会社の賃貸料問題等について、同会社の意向に反対をとなえたので、久保田社長が、建部順に相談をもちかけたところ、建部から、被告人は幹事長で選挙となればこの金がいるだろうから、これらを解決するには、金が一番よいのではないかといわれた。これを聞いた久保田は、「会社の常勤役員四五名を集め、右経過の大要を伝えていかに解決をすべきかを諮つたところ、前記藤原や経理部長の足立昇三をはじめ、理由のない無理難題ではあるが、荒木は選挙を控え金が欲しいのだろう、都と深い関係のある会社としては、賃貸料問題や埋立権譲渡申請等の問題をかかえている折でもあり、荒木の要求に応じない場合には同人の言動、性格から考えて、同人は社長退陣問題は勿論、その他の問題でも、どのような妨害をはかり、議事を紛糾させるかも知れないから、この際、斡旋者の建部の顔も立てて同人に渡る分も含めて要求の五百万円を出し、会社の利益を守らなければならない」(第一審判決二五頁ないし二七頁)という話合いが成立した、というのである。
五、右認定事実にしたがえば、本件事案は前記判例の理論的根拠たる第一理由ないし第三理由と符節を合するものであるから、原判決の如く職罪と公職選挙法違反罪の観念的競合を認めるべきではない。今この論点について、掘り下げて考察すれば
(1) 久保田らは、その社長退陣問題等について、被告人の妨害を防ぎ、会社の利益を図るために、被告人に金員を供与するについて、その金銭支出の手段、名目として、被告人の選挙資金ということをいつているにすぎない。いいかえれば、久保田の被告人に対する選挙資金供与を名目とする行為は、その贈賄行為の内容をなしているものであつて、前記判例事案の詐欺行為の内容をなしていることと同類型である、したがつて、判例の前記第一理由は、本件事件の先例とすべきである。
(2) つぎに、贈収賄罪の法定刑(いずれも三年以下の懲役)は公選法第二〇〇条第二項、第一九九条第三項違反の罪の法定刑(三年以下の禁錮)より重いから、この点においても、判例の前記第二理由の趣旨にしたがつて、重い収賄罪一罪をもつて処断すべきである。
(3) 右公選法の法条は、国または地方公共団体から資本金その他の拠出を受けている会社その他の法人と国会議員ないし地方議員との間で、選挙に関して寄付の授受を行うことを禁止したものであるが、その立法趣旨は政治献金名義をもつてする職行為を防止したものである(同趣旨自治省選挙局、公職選挙法逐条解説八四四)。したがつて該法条は、形式上公選法典中に規定されてはいるが、選挙資金に名を借りて公務員が腐敗するのを防止することを目的としたものであるから、その実質は職の罪として、刑法典第三編第二五章に規定されるべきものである。したがつて、本事案における被害法益が公務員の腐敗防止という点と判例の前記第三理由の被害者の財産上の利益喪失という点と同類型であるというべきである。
とすれば、本件事案は、前記判例事案と符節を合するものであるから、判例にしたがつて収賄罪一罪の成立を認められるべきである。然るに原判決はこの点にかんする分析を怠つて、被告人に対し、公選法違反の罪と収賄罪の観念的競合を認めたのであるが、かかる判断は最高裁判所、大審院判例に違反するものであるといわなければならない。<以下略>